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「最前線、カンボジアで学ぶ「日本らしい医療輸出」の強み」後編

林 祥史先生

「最前線、カンボジアで学ぶ「日本らしい医療輸出」の強み」前編

より続きです。

 

 

 

ゼロからイチを築く

 

――カンボジアの病院で行っている独自の取り組みについて教えてください

 

日本は既に医療制度があってその中でどうするかという世界ですが、カンボジアは全く違う世界で、全てをゼロから作り上げていく必要がありました。

 

例えば、カンボジアでは医療費は決まっておらず、自分たちで値段を決める必要があります。ほとんどの患者さんは保険にはいっていないので、高すぎる値段だと患者さんは来てくれません。我々の病院に来る想定の主訴、疾患の患者さんたちに、どういった検査機器や医薬品が必要で、それを安く提供するにはどうしたらよいかということを一つずつみんなで決めていきました。めまいの患者の検査に、重心動揺計はなくてもいいよね?とかですね。

 

また、医薬品も含めて、卸業者が日本ほどはいないので、病院で在庫を持つ必要があります。日本から輸入してくるものもあるので、どの程度のストックが必要かといった事も、考え、仕組みを作る必要があります。他にも、急性期や回復期などの日本では一般的な病床機能分化も、カンボジアにはありません。例えば脳卒中の患者さんを診る上で、回復期のリハビリをなるべく家で、家族と一緒に行うにはどうしたらよいか、というように、「医療提供体制のデザイン」から始める必要がありました。この点は現在も運営しながら修正を繰り返している状態です。

 

また、患者さんと日本人医師のコミュニケーションは、英語が話せるカンボジア人看護師による通訳を介して行っていますが、全ての問診をそういった手順で行うと非常に時間がかかります。患者さん一人当たりのコストを下げるには、なるべく無駄な時間は削るといった効率化が重要です。我々の病院では2年かけて、医師が患者さんと会う前に看護師さんが行う「予診」を、質が高く行うためのシステム(「自動問診システム」)をNECと一緒に開発しました。

 

自動問診システムでは、年齢や主訴を元に問診内容が自動生成され、答える内容によって次の質問がアレンジされます。無駄がなく、ポイントを押さえて問診できるように設計されているので質の高い予診が取れるわけです。これらの質問が、タブレット端末にて現地の言葉であるクメール語で出てきます。それらを選択していくと予診が完成しますが、カルテ上には英語に自動変換されて反映されるようになっています。これによって、診察室で医師が質問することの半分ほどはすでに聞いてくれており、時間短縮ができています。

 

――カンボジアで苦労した事は何でしょうか?

 

今も毎日苦労していますが、一番大変なのは「教育」だと思います。「現地の人を育てて、自立してもらう」というのは、少ない日本人で病院を運営していくということにつながり、病院経営上とても重要だと認識しています。が、日本と同じようにはいきません。

 

カンボジアの医学部教育の水準は向上してはいるものの、まだ十分とは言えません。国家試験が終わった研修医でも日本だと医学部生向けのレベルの事から教えなければならないところが多々あります。そして、そのような段階で社会人になり、医師として働いていくと、皆、浅い知識で臨床に当たるようになってしまうようです。

 開院間もない頃は何人か、既卒の医師を雇っていましたが、皆「この病気のガイドラインを教えてくれ」「この検査が陽性ならこの疾患だろう」と言って来るのです。「Aという病気にはB」というような、とても浅い知識で対応することに慣れてしまっていると、病態生理をきちんと考えたり、複合的な問題を統合していくことができず、結局うまく指導していくことができませんでした。今は卒後3年目以内の若手に絞って雇用し、日本の初期研修医プログラムのように一から教えていく体制として長期視点で教育を行っています。

 

 

双方に利益のある輸出のカタチ

 

――カンボジアへの医療輸出は一方でカンボジアの富の流出に繋がるという見方はどうでしょうか?

 

これまで医療を求めてベトナムやタイに流出していた層が、カンボジアに納税する我々の病院に来るようになり、むしろ我々がカンボジアの富の流出を抑えていると思っています。人材雇用や院内外での教育活動も含め、そのような面がカンボジア政府からも歓迎されています。

 

我々の病院に来る最も多い患者層は、これまで国外で医療を受けていたカンボジア人の方々です。それは、高所得者ばかりではなく、中間層であったり、疾患によっては低所得者の方々も来て、治療を受けて頂いています。

 

我々の医療の質はお陰様でいい評判を得ておりますし、費用はタイに行くよりも安いようにしています。その結果、順調に患者さんの数が増えてきまして、開院2年で十分事業として成り立つレベルまでもってくることができました。

 

――カンボジア国内において外資の病院で黒字化するのは難しいのではないかと思います。成功のポイントはどのようなところにあるのでしょうか?

 

私達は開院まで8年ほど、調査など準備活動に時間をかけることができました。その中で、日本と同じ水準の医療を、カンボジアで、日本と同じぐらいの価格でできれば、患者さんはきっと来てくれるということに気づきました。

 

カンボジアにもお金持ち向けの病院は存在していて、当院の2倍近くの費用がかかるのですが、もちろん普通の人は受診できません。中には、我々の目からみると、無駄な検査や投薬が多かったり、質も十分とは言えないところもあります。私達の価格で、良い品質の医療ができる病院はカンボジアの人々のニーズに合っているのだと思います。またそれは、北原国際病院グループのフィロソフィーとして「お金持ちばかりを対象にした医療を展開したくない、なるべく貧しい人でもかかれるような病院を作りたい」という、私達のやりたいこととも合致しております。

 

――価格を安くすることが大事なんですね。安くするためには、どのような努力をされているのでしょうか?

 なるべく価格を抑えて質を保つためには色んな工夫が必要なのですが、一つは、赴任する日本人スタッフをなるべく少ない人数にする、いうことが挙げられます。そのため、開院時に赴任するスタッフは、なるべく多くの事ができるような人を募集いたしました。看護師であれば、手術の介助ができるし、病棟管理もできるような人、検査技師であれば、採血もエコーも脳波も全部できるような人です。元々北原国際病院は、地方の民間病院ですので「なんでもできる医療者」が多い病院でもありましたので、開院時に赴任したスタッフの半分は北原病院に以前から働いていた方でしたが、残り半分は開院までに募集して集まった方々で、足りない部分を北原病院で研修し、準備いたしました。

 

 医師も同じです。病院の規模を考えて、開院時の日本人医師は4人と決めておりました。私は脳神経外科の専門医なのですが、外来や救急ではなんでも診ることになると覚悟し、内科や精神科、循環器内科などの領域を日本にいる間に勉強して行きました。その他の3人の先生たちも、それぞれ得意分野を分担し、麻酔と救急をお願いする先生、一般外科や消化器全般をお願いする先生などでチームを組んで、開院に備えました。

 

 開院してみるとまさに、予想以上にどんな疾患でも患者さんは来ていただいています。私も今では内科診療が楽しくて、日本の病院総合診療医学会にも所属するようになりました。もちろん、自分の手におえない疾患は日本の各専門医の先生たちに相談しながら、日々診療を行っております。

 

 これら、マルチに働ける日本人スタッフを集めて開院できたという点は、人件費を下げるという意味ではとても大きいですが、先程お話したように、カンボジア人現地スタッフの教育も一生懸命行い、少しでも彼らが診れる患者さんが多くなるようにすることも重要です。事業の側面でも、教育は死活問題であり、教育熱心な先生たちに支えられて今の病院事業が成り立っているのだと思います。

 

Sunrise Japan Hospitalでの手術風景

 

――教育以外に、価格を安くする工夫は何がありますか?

 はい。やはり使う医療機器や薬剤の値段を抑えることも重要です。必要最低限のスペックの医療機器を選定し、同じ成果が得られるのであれば少しでも安いものを導入する方針に致しました。

 

例えば、当院のCTは64列、MRIは1.5Tです。最先端とは言えないスペックなのですが、最先端のものの半額で導入できるので必要十分と判断致しました。また、「日本の医療のショーケースにする」という旗印で、なるべく日系企業の医療機器を持ち込ませていただきました。

 

当院で使うことで、アジアを中心にした世界展開の足がかりにしてもらいたい、そのために、なるべく安い値段でいいものを入れてくれないか、という、大変厚かましいお願いですが、日本の企業の方々にお話させていただきました。結果、オリンパスやパラマウントベッドなど、良い品質の日本製機器を、価格を抑えて導入することができ、契約企業の約8割は日系企業となりました。

 

 

真の貢献はカンボジア医療全体の向上

 

――話を教育に戻します。林先生は日本とカンボジアの医療を繋ぐAPSARA学会を創設したり、日本の他病院と連携して教育的なカンファレンスを行っていますね。それらの活動の目的は何でしょう?

 

はい。さきほど、病院の事業にとって院内スタッフの教育が重要であることはお話した通りです。ただ、我々病院だけうまくいっても、カンボジアの多くの人達を救うことはできません。一つの病院で診れる患者さんの数も限られていますし、何より、貧困層の患者さんたちは当院を受診できず、国立病院を受診しています。

 「貧しい人をどう救っていくか」という、我々の命題は、これまではAKAHIGE基金という枠組みでの活動のみでした。募金や教育活動で得た資金で運営されるAKAHIGE基金は、支払い能力がない、かつSunrise Japan Hospitalでなければ治療できない患者さんの治療費を代わりに支払うという仕組みです。

 我々が敢えて、日本から出てカンボジアに来て医療をするのは、やはりカンボジアの人達全体を救いたいからなんです。お金が払える人だけを救うということは目的とはしていません。そこで、我々ができることとして、病院のスタッフ以外の、外部の医療者への教育というのにも力を入れていこうと思いました。カンボジアの医療全体が底上げされていくことが一番の社会貢献になるのではないかと考えています。

 ちょうど同じころ、日本にいる先生達で、途上国で医療教育をすることに関心がある同年代の先生達と出会いました。順天堂大学の高橋先生と、埼玉医科大学の山田先生です。彼らもそれぞれ、内科診療のエキスパートとしてこれまで培った知識、能力を、カンボジアなどアジアへの教育に活かしたいと考えておりました。そこで、「医師としての基礎となる知識・技術が学べる学会をカンボジアに作り、現地の医療者を集める」「日本の医師にとっては、英語で教育をする機会として活用してもらう」ということを実現するために、APSARA学会という学会を2018年に、彼らと当院スタッフとで立ち上げました。日本側は、日本病院総合診療学会も提携して頂いております。具体的には、月1回のウェブカンファランスと年2回の学術集会を行っていく予定です。

(詳しくはwww.apsara-medicine.com 参照)

 

教える側も教わる側も、当院以外の医療者が関われる枠組みとして、今後盛り上げていきたいと考えています。

 

 

 

チャンスはカンボジア以外にも

 

――これからの展望についてお聞かせください。

 

北原国際病院の展望としては次のステップとして、ベトナムとラオスへの進出があります。リハビリテーションスタッフはすでに現地に駐在し、医療を提供しています。その他にも3、4ヶ所の国では現地調査が進行中です。一時的な調査や支援として各国に入りながら、Sunrise Japan Hospitalと同じような方式で輸出するのか、それとも別の方式で輸出するのかを探っている状態です。

 

――病院輸出プロジェクトを通して、途上国が日本の医療に求めているものとは何だと感じられますか?

 

医療を受ける患者さんの視点言えば、日本できちんとした診療を提供する能力がある人、ということが最低限必要です。当然ですが、「日本人」というだけで、中身が伴っていないようだと、患者さんにも簡単に見透かされてしまうと思います。そのうえで、日本人の勤勉さや、「医療を単なるお金儲けとしない精神」は他の国が行う医療輸出とは一風異なる、「日本らしい医療進出」の強みともなると思います。

 

ビジネス面としても、医療者が出ていく事は医療機器や医薬品の輸出とパラレルな関係です。前述の通り、我々はカンボジアで医療を行うに際し、できる限りMade in Japanにこだわっていますが、企業側で同意が得られず、使いたくても導入できなかった医薬品や医療機器も多くありました。病院輸出は日本の医療市場拡大にも大きく貢献しうるので、大きなチャンスと思っていろんな製薬会社や医療機器会社にも関わって欲しいと思います。

 

 

 

新しい医療を作るのは君だ

 

――全国の医学生へ一言お願いします。

 

私が現在まで行ってきた活動やその経験というのは日本に限らず世界中のどこでもなかなか得られるものではありません。カンボジアに、今のタイミングに来れたから、できているのだと思います。医療制度も整ってないし、医療も足りていないという特殊な状況のカンボジアにいるからこそ、今、「本当に患者さんにとって必要な医療とは何か」という事を既成概念抜きに考えて、日々実践しています。

 

一番の違いは、お金です。日本にいると医療におけるコスト意識は薄れがちですが、カンボジアで医療をしていると、いかに安く、それでいて良いアウトカムを出すかという事についてどうしても考えざるを得ません。

 

治療費がかさみ、高額になった場合でもカンボジア人はなんとかお金を工面してくる患者さんやその家族がいます。中には土地を売ってくる方もいます。そこまでしてでも、どうしても家族を助けたいからと。そのような中で、大金をかけて治っていく患者さんもいれば、残念ながらお金が尽きて、治療を断念せざるを得ない患者さんもいます。本当に必要な医療はなにか、無駄な治療で高額になっていないかなどを、私は日本にいた時以上に切実に考えるようになりました。

 

Sunrise Japan Hospitalが開院したのは私が医師11年目の時でした。このような新しい発想で取り組んでいくのは本来、日本の医療制度に慣れているベテランの医師より、若手の医師や、研修医、そして医学生の方が得意な事なのではないでしょうか。

 

世界には色んな国があり、医療支援を必要としている国はまだまだ沢山あります。そして日本の医療制度にしても、今後はどうなるかわかりません。日本以外の国で国際的に医療貢献をしてもいいし、日本の医療制度を改良していくのも良いと思います。なるべく固定概念にとらわれず、常に「新しい目」で物事を見て、これからの医療に反映してもらえたら、それは本当に素晴らしい事だと思います。

 

Sunrise Japan Hospital院長、林祥史先生

 

 

インタビュワーあとがき

 

 カンボジアはプノンペン、Sunrise Japan Hospitalに行ってきました!

 3月にも関わらず真夏のような暑さのカンボジアでしたが、それ以上にいまアツいのがカンボジアで始まっている「病院丸ごと輸出プロジェクト」です。その最前線のSunrise Japan Hospitalをやっと実際に見てみる事ができました。

 

2年生の頃、本屋で偶然手に取った北原先生の著書「病院がトヨタを超える日」。本書で語られていた北原先生が考える医療に触れ、日本の医療について当たり前だと思っていた事がひっくりかえされたような衝撃を受け、北原国際病院での2週間のインターンをさせて頂きました。

 

その頃は、ちょうどカンボジアでSunrise Japan Hospitalが建設され始めたころで、北原国際病院にもたくさんのカンボジア人研修生たちが来ており、何か面白い事が始まろうとしているような雰囲気を感じました。

 

その時、林先生はカンボジアに入っておられたので直接の面識はありませんでしたが、以前にインターンしたご縁で今回もSunrise Japan Hospitalに来させていただきました。

 

Sunrise Japan Hospitalでは林先生を始めとする日本人の医師やコメディカルの方々、エンジニアの方や経営関係の方がおられ、多くのカンボジア人スタッフと一緒にいい雰囲気で働かれていました。

 

インタビュー中にカンボジア人の医師の教育が課題だと仰っていましたが、とてもできるカンボジア人医師の先生方もおられ、日本人医師からカンボジア人医師への教育だけでなく、カンボジア人医師からカンボジア人医師への学びの共有も盛んに見る事ができました。もちろん今のような状態になるまでとても苦労されたと推察しますが。

 

日本の医療は輸入超過産業で、医薬品や医療機器もそうですが、世界的な流行病や災害時の医療支援の参画の遅れや医療ツーリズム後進国、診療ガイドラインの国際標準化参画の遅れ、臨床研究での論文数の遅れなど、医療の色んな面でグローバル化の遅れが指摘されています。

 

日本の医療を海外にショーウインドウとして見せる事ができるSunrise Japan Hospitalのような病院がそんな問題に対して一つの解決策となるのではないかと思いました。

また、海の向こうのカンボジアでつねに新しい医療の形を模索し、PDCAを回し、新たな成功モデルを作る事が、まわりまわって戦後長らく大きくは変わらない閉塞感のある日本の医療に、新しい道を提示する事に繋がるのではないかと感じられました。

 

 

「最前線、カンボジアで学ぶ「日本らしい医療輸出」の強み」

おわり

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