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「Slowly, but Surely ~つまずいたっていい。一歩ずつ着実に。~」 留学中編

光冨 徹哉先生

(留学前編はこちらから)

 

 

—–すごいですね。まるで導かれるように決まったわけですね。そして、留学先ではどのような感じだったのですか。

 

光冨先生『留学先はNCI-Navy Medical Oncology Branchでした。ここは本当に良いラボで、ここで、良き師、良き友がたくさんできました。しかし、当初は不安と焦りの日々でした。当時の日記は以下の通りです。(笑)

私は、留学先で日記をつけていました。昔から特に不安や、何か困ってストレスが溜まった時は日記を書くようにしています。それは今もですよ。』

 

〜〜以下、光冨先生の当時の日記からの一部抜粋〜〜

1989年9月20日(水曜日)

3週目となった。今日は今日で腹の立つことに、HoodはDr.Kimの使う日で使えないし。(研究用の)Cellくれると思ったらくれないし、RNAを貰おうとDr.Gazdar(当時の光冨先生の直属のボス)に掛け合おうと思ったけど、朝はいたのにいなくなってしまった。早く軌道にのせたい。気があせっていない。文献読みもいい加減つかれてきた。 RIの安全取り扱いの講習..,..

1989年9月21日(木曜日)

今日も暇を持て余し…

 

 

—–当時の先生の様子がとても伝わって来ます。

 

 

私も研究室にいるのでこの日記の内容にとても共感しました。上司の動向を見ながら、自分のできることを探す中で、スケジュールがうまく合わなかったりして、当初の予定通りに行かず、フラストレーションを抱えたり。先生にもこういう下積み時代があったことを知ってとても感慨深く感じました。そして、読み進めていくとストラグルしながらも着々と物事が進んでいっていることにとても勇気をもらいました。

 

光冨先生『こうして当初は苦労しましたが気づくと研究も順調で1年9ヶ月でOncogeneに2報、Cancer Resに一報、Chestの一報、human geneticsに一報。authorとして自分の名前が載った論文は計17本。そして、そこであった人とはそれから30年以上の付き合いことがあり、今に至るわけです。』

 

 

光冨先生『とくに恩師のDr.Gazdarは国際学会の度に会う機会があって、その合間で自分の仕事をよく見てくれたり、それなりに褒めてくれたり、してましてね。本当に励まされました。留学の最後は寄せ書きももらいました。(追記:Dr. Gazdarは2018.9トロントの世界肺癌学会会議でお会いして、2019.12の日本肺癌学会に来てくださることになりました。ところが、12.28急遽されたのです。MDSだったということでした。)』

 

 

光冨先生『さらに、留学をして終える時、私は生涯のライフワークとするべきテーマを得たと思いました。

それは、

「肺がんにおけるRAS遺伝子変異、p53遺伝子変異の意義」

「臨床検体を用いて遺伝子変化を調べ、臨床像と関連づけるスタイル」

です。』

 

—–凄いですね。留学を通じてライフワークとするべきテーマを得るなんて。

 

1年9ヶ月の留学中にこんなにも多くの論文をだし、そして、ライフワークとすべきテーマが見つかる。光冨先生には失礼ですが、最初から明確な目的があったわけでわなく、どこか行き当たりばったりな部分もあってここまできたという感じもしました。ただ、その直面した問題や場所で一生懸命に目の前のことをやる上で次のミッションが見えてくる。そういった印象を受けました。私はよく人生の大義みたいなものを探しがちです。物事をやる上で、やりもしないのに、あーでもないこーでもないと語卓を並べがちです。たまにはいいかもしれませんが、いつもそれをやることは、すなわちスタートラインを横に行ったり来たりしているようなものなのかもしれないと思いました。ある程度腹をくくってその世界に飛び込むと、光冨先生のようにライフワークは何か、誰か教えてくれる。または、自分自身で気づくことができるのかもしれないと思いました。

 

そして、ノーベル賞受賞者本庶佑先生の共同研究技術者でもあったマリオンナウさんからも、同じラボで過ごした光冨先生宛に

「あなたはユリウスシーザーのように=来て、見て、勝った!=みたいな感じで、本当に私たちにラボにものすごく貢献してくれたわね。あなたの仕事ぶりは本当に物凄く、また一人の人としても日本に帰ってしまわれるのが寂しいです。これからも連絡をとりあいましょう!」

と書いてあるのを見てただただ圧倒されている私がいました。どうしてここまで研究生活が充実し
たものになったのかなと、いろいろ聞いてみたくなりました。

 

 

—–ところで先生はどんな風に英語を習得されたのですか。小さい頃から英語に慣れ親しんでいたとか。

 

光冨先生『私は福岡生まれ福岡育ちです。公立中学高校に行きましたよ。そして九州大学医学部へ。それまでは、九州から出たことがありません。本当に親孝行だとは思いますね。(笑)そして、帰国子女とかでも全くありません。初めて海外に行ったのは新婚旅行に行った31歳の時、そして留学が34歳の時。英語は文法とかはその辺の人よりできたかもしれませんが、頻繁に海外に行っていたということは全くないです。

海外に行ってわかったことは「グジュグジュ言うと伝わらない。」とか「キーワードは大きな声で言わないと伝わらない」とか。「度胸を持つ」とかそういったことは現地で学びました。しかし、英語はずっとどこにいても学ばないといけない。ということはとても感じましたね。』

 

—–今いる学生に対しては、やはり英語はきちんと学習しておくべきということですよね。

 

光冨先生『そうですね。英語というと「私はリスニング、ヒアリングがだめ」とか「ヒアリングとスピーキングはだめだけどリーディングとライティングはできるとかいいますでしょ。」そういうのは嘘です。結局、読み書きもできていないということです。あまり偉そうには言えませんが、例えばTimeのコラムとかみてもすぐにはわからない。ということないですか?』

 

—–確かに。ちょっとニュアンスが入ってこないとか、ファジーな解釈で終わることある気がします。

 

光冨先生『多分受験英語の8000語には入ってこないものもあると思うのです。その上、get,takeとか色々言い回しあって大変ですよね。聞いて、見て、辞書で引いたりしてもピンとこないことある訳で、そういうのはきちんと日々から学んでおくしかない。ということですね。私は当時からアルクのヒアリングマラソンというのをやっていました。学生の時から英語はやっておかんといけないという気持ちがずっとあって実験しながらもずっと聞いていました。』

 

—–そうなのですね。そして、帰国された訳ですね。

 

 

意外でした。世界肺癌学会理事長になるためには小さい時から海外に行って、色々な英語教育を受けて、、、と想像を膨らませていましたが、先生は日々の努力で現地のネイティブを唸らせるようなレベルまで持っていかれたことを考えると、物凄い努力家であることを痛感すると共に、とても勇気をもらいました。

 

光冨先生『そうですね。帰国したらまず、はじめにすること。それは自分のラボでやった研究で第一報を出すことです。留学中の仕事は所詮ボスの仕事です。何を学んで来たかを整理し、それを次に繋げる上でといいますか、帰って来ても学んで来たことを自分の力できちんと実践すること、それがとても大事です。』

 

—-留学体験記とかも結構溜め込んだり、物事を後回しにしがちなのでとても耳が痛いですが、肝に銘じます。

 

 

留学。今は国際学会での口演を流暢にこなされる先生にも「初めての外国」と言う経験が存在するわけで、留学は旅行とは違うわけです。外国に住み、暮らし、仕事をするということ。周りは基本的には外国人で、外国におけるある地域に住み、食べ物を買い、料理を作り、食べるわけです。その地域の水を飲み、その地域の人々や職場の人々と外国語(英語)で挨拶をし、会話し、仕事を進めます。

 

自分は変わりません。昨日までの自分と今日の自分はそんなに変わらないわけです。でも今住んでいるところは、何十年と暮らした日本ではなく、九州でもなく、大学の仲間もいないのです。インターネットのなかった当時、日本との連絡もままならなかったのだろうと思います。「初めて外国に住み、食べ、働く。」 それぞれの人にはそれぞれの人のすべきことがあって、やれる範囲・限界があって、やりたいことがあるわけです。それぞれの人々はそれぞれの都合で動く、そんな風にも見えます。自分の都合を上司やテクニシャンに伝えて、理解を得て、時間とエネルギーを共有する。しかもそれを初めての外国暮らしで、いや、「初めての外国暮らしで、仕事をする」からこそ感じられることもあったはずと思います。

 

昨日までの自分、すぐに変えることができない自分だからこそ、感じ、抵抗し、理解し、受容し、取り込み、新たな自分になる。そんな瞬間を繰り返しながら、ボストンの時間を練り上げられたのではないかと思いました。そして、「初めての外国暮らし」から帰国し、新たな自分を表現する場は、日本での初めての論文だったのだと思います。それはボストンで吸収した知識のみでなく、学んできたことを表現することで、新たな自分を表現し、新たな未来を創造する。『臨床腫瘍学と分子遺伝学に橋を架ける。』というライフワークを携えて。そんな帰国後の現在時だったのではないかと思いました。

 

 

留学後編へつづく

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